自社株信託で「経営権」と「配当による生活保障」を分ける事業承継の事例
自社株信託(民事信託)は、非上場会社の株式を後継予定者や一般社団法人等の受託者に信託財産として移転し、議決権を含む株式の管理と、配当等から生じる経済的利益を受ける者を分けて設計する仕組みです。
創業者・現経営者を「委託者」、株式を管理する者を「受託者」、信託財産から生じる利益を受ける者を「受益者」として信託を設計します。受託者は株主として議決権を行使し、会社から受けた配当金を信託財産として管理します。そのうえで、信託行為の定めに従い、受益者に配当等に由来する金銭を交付することを検討できます。
このように、一つの株式について「管理する者」と「そこから経済的利益を受ける者」を分けられることが、信託の大きな特徴の一つです。
自社株信託で整理できること:後継者側に経営権の管理を担わせながら、創業者、配偶者、後継者以外の子どもに会社の経済的利益を帰属させることを検討できます。
事例:100%株主の創業者が考えた「経営」と「家族」の承継
X社は長年にわたり安定した利益を上げ、運転資金、設備更新資金、借入金返済資金を確保したうえで、毎年、一定の利益剰余金を確保している会社です。
Aさんには、妻B(75歳)、会社の役員として働く長男C(50歳)、会社経営には関与しない長女D二女Eがいます。長男Cは将来の経営後継者です。他方で、Aさんは、自分が亡くなったあとも妻Bや会社で働かない子どもたちにも、X社から生じる経済的利益を生活の支えとして受け取らせたいと考えていました。
さらに長女Dには子がいません。
Aさんは、長女Dが亡くなった後、Dの受益権がDの夫に相続されるなどして、X社との関係が薄い者に会社由来の利益が流れることを避けたいと考えています。Dの死亡後は、他の兄弟に利益を承継させる道筋を、あらかじめ定めたいという希望がありました。
Aさん(78歳)=====妻Bさん(75歳)
┌────────|────────────┐
二女E 長女D(子なし) 長男C(後継者)
遺言だけでは残る課題
Aが株式について特段事前準備をしないまま死亡すれば、X社株式は遺産分割の対象となります。分割が終わるまで株式は相続人の共有状態となり、議決権行使や重要な経営判断に支障が生じるおそれがあります。
遺言で長男Cに株式を集中させる方法は、経営権の承継には有効です。しかし、それだけでは、妻Bや非後継者である長女D・次女Eの生活保障、相続人間のバランス、遺留分への配慮、さらに長女Dの死亡後に会社由来の利益を誰へ渡すかという問題は残ります。
経営者の悩み
- ・株式を相続人間で分散させず、議決権を安定して管理したい
- ・後継者以外の家族にも、会社由来の経済的利益を渡したい
- ・子のいない子どもの死亡後まで見据え、利益の承継先を定めたい
自社株信託の設計
このケースでは、Aが生前にX社株式を信託財産とし、受託者に一元管理させます。後継者Cを受託者とするほか、家族関係やガバナンスを踏まえ、第三者または一般社団法人を受託者とすることも検討対象です。
当初受益者はAとし、Aの死亡後に妻B、長男C、長女D、次女Eを受益者とします。会社が株主総会決議により剰余金の配当を行った場合、株主である受託者が配当金を受領します。受託者はこれを信託財産として管理し、信託行為で定めた割合・時期に従い、受益者へ交付します。
また、長女Dが死亡した場合には、Dの受益権を消滅させ、長男C、次女E、またはその子どもを次順位の受益者とすることを検討します。これにより、Dの夫へ受益権が相続される構成ではなく、創業者Aが定めた承継先に会社由来の利益を移す道筋を用意できます。
税務上の整理:会社から配当金を受領するのは株主である受託者ですが、通常の受益者等課税信託では、信託財産に帰せられる収益は現に受益者としての権利を有する者に帰属するものとして扱われます。受益者が複数いる場合の所得配分、源泉徴収・申告、受益権の相続税・贈与税評価は、信託行為の内容により異なるため、事前に税理士と具体的な確認が不可欠です。
税理士先生・経営者の方へ
自社株信託は、単に「株式を信託する」制度ではありません。経営権を誰が管理するか、配当等の利益を誰に帰属させるか、受益者の死亡後に誰へ承継させるかを分けて設計できる点に実務上の意義があります。
一方で、会社法上の分配可能額、財務・資金繰り、定款、種類株式、役員報酬、遺留分、受益者連続型信託の期間制限、受益権の課税関係などを横断して検討しなければ、設計は機能しません。特に、配当を生活保障に組み込む場合には、配当可能性と家族の資金需要を数値で確認することが重要です。
「後継者に経営を任せつつ、配偶者・非後継者にも利益を渡したい」「自社株の分散を防ぎながら、二次相続以降の承継先まで定めたい」「自社株信託の税務設計を含めて検討したい」という場合は、司法書士安西総合事務所へご相談ください。会社の資本政策とご家族の相続設計の双方に適合する承継案を検討します。



