相続不動産を売って渡すなら―
信託と換価遺言の違いを解説

相続不動産を「売却して、その代金を誰かに渡したい」という場面では、換価遺言と信託のどちらを使うかで、手続きの整理のしやすさや税務の扱いが大きく変わります。
ここでは、相続実務の視点から両者の違いを整理してみます。なお、ここでの整理は、相続実務の中で見えてきた点を踏まえた試論的なものであって、今後の実務の運用によって、評価が変わる可能性がありますのでご了承ください。

■ 換価遺言とは

換価遺言とは、遺言者が所有する財産を遺言執行者が売却(換価)し、その代金から債務や費用を差し引いた残金を、指定された受遺者に分配する形式の遺言です。
たとえば、「自宅を売却し、その代金を〇〇財団に寄付する。」、あるいは「遺産をすべて換価し、長男Aに渡す。」といったケースが典型です。
現物の財産を直接渡す「特定遺贈」と異なり、遺言執行者が遺産をいったん現金化し、受遺者へ渡す点が特徴といえます。

■ 信託との共通点と違い

換価遺言の構造は、民事信託(家族信託)いくつかの類似点があります。

いずれも、財産の管理・処分を担う者(遺言執行者/受託者)と、その結果として利益を受ける者(受遺者/受益者)を分けて設計する点では共通しています。

ただし、換価遺言はあくまで「遺言」であり、信託制度のように契約によってあらかじめ明確なルールを設定することが難しく、登記手続きや税務の扱いについて十分に整理がなされているわけではありません。
そのため、換価遺言を実現するには、実務の場面ごとに個別の検討が求められることがあります。


実務上、検討が必要となるポイントの例


たとえば、換価遺言にもとづいて不動産を売却する際には、
・売却の主体を誰と考えるのか
・どのような登記が必要になるのか
・課税関係をどのように整理するのか
といった点について、事前の整理が欠かせません

■ 課税関係が問題になりやすい理由

換価遺言では、不動産そのものを遺贈するのではなく、
売却した後の金銭を渡すことが想定されます。


そのため、不動産を売却する過程で生じる譲渡所得について、
・その所得は誰に帰属するのか
・誰が納税義務を負うのか
といった点が、実務上問題になります。

換価遺言では、遺言執行者が売却手続きを行いますが、
だからといって遺言執行者が課税主体になるわけではなく、
また、相続人が実質的に利益を受けていない場合にまで、
一律に相続人へ帰属させるのが妥当とは言い切れない場面もあります。

■ 換価遺言における課税の整理の視点

換価遺言における課税の整理の視点


この点については、形式的な登記名義や手続きのみで判断するのではなく、
最終的にその利益を誰が受ける立場にあるのかという
実質的な関係を踏まえて整理すべきと考えられています。


もっとも、換価遺言における課税関係は、
遺言の内容や受遺者の立場(相続人か第三者か)によって
結論が変わり得るため、あらかじめ一律の扱いが定まっているわけではありません。


そのため、換価遺言を用いる場合には、
・何を遺贈の対象と考えるのか(不動産か、金銭か)
・売却や債務清算を誰の責任で行う想定なのか
といった点を、できる限り明確にしておくことが、
後の整理のしやすさにつながります。

■ 信託を使うとどう整理できるか

換価遺言と類似の効果をもたらす制度として信託を利用する場合、仕組みは明快になります。

委託者死亡後に受託者が不動産を売却 →売却代金は信託財産として管理 →受益者に対して、定められた方法で分配

たとえば「自分が亡くなったら、自宅を売却し、その代金を孫Xに渡したい。」という場合、信託契約で定めておけば、売却から分配までを受託者が一貫して処理することできます。

売却の前提としての相続登記は不要であり、譲渡税の課税関係も明確です(受益者課税)。

事例で比較する


【事例1:換価遺言】
被相続人Aが「自宅を売却し、その代金を甥、姪らに均等に遺贈する。」と遺言。
法定相続人は妹と弟。遺言執行者が売却を行う。

⇒ 売却に先立って相続登記が必要になり、この場合の譲渡税の課税主体が相続人か、受遺者か、実務では十分な整理がされていない。

【事例2:民事信託】
Aが自宅を信託財産として子に信託し、Aの死後に売却して姪へ分配する信託を設定。
⇒ 登記手続きにおいて相続人が関与することはなく、受託者が売却・換価。処分・分配が信託内で完結するため、実体関係も課税関係も整理がしやすい。

■ 司法書士がサポートできること

司法書士がサポートできること

「不動産を売却して、その代金を誰かに渡す」という相続設計では、
遺言(換価遺言)で進めるのか、信託で設計するのかによって、
手続きの流れや関係者の役割分担、課税主体の考え方が変わります。
司法書士は、登記実務の視点から、全体の段取りが滞りなく進むよう支援します。


1. 換価遺言の文案チェック・作成支援

換価遺言を用いる場合は、遺言執行者の権限や売却の段取りが曖昧だと、
実務上の判断が難しくなることがあります。
司法書士は、遺言の趣旨を踏まえつつ、
「誰が」「何を」「どこまで」行うのかが読み取れる文案になっているかを確認し、
必要に応じて修正案の検討をお手伝いします。


2. 不動産売却に伴う登記手続の支援

不動産を売却するには、相続登記や、売却に必要な名義の整理が前提になる場合があります。
司法書士は、関係者(相続人・受遺者・遺言執行者など)の立場と遺言内容を確認したうえで、
どの登記が必要か、どの順番で進めるべきかを整理し、実行面をサポートします。


3. 信託活用の初期設計・整理

信託を利用する場合は、売却や分配を契約であらかじめ設計できる一方で、
目的・財産の範囲・受益の内容・終了・帰属など、条項設計が重要になります。
司法書士は、希望するゴールを踏まえ、実務上の運用が停滞しないよう、
契約設計の整理や、必要となる信託登記などの実務面を支援します。


なお、税務の具体的な判断が必要となる場面では、
税理士などの専門家と連携しながら進めることで、より安心して手続きを進められます。


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